翻る

そういえば去年の今は面接が終わった頃だったとふと思い出して、冷めたコーヒーを飲み干した。
土曜に病院へ行こうと思って、そうすると丸一日潰れてしまうからじゃあ月曜は有給とろうと呑気に考えて眠い目をこすりながら病院に向かった先に待っていたのはまさかの休館日、呆気にとられて帰宅し、それならば月曜にリベンジするしかないのだと今日も気持ちのいいお天気の中病院へ。大学病院というのは混雑と待ち時間を回避できないものだと痛いほどわかっているので会計及び薬待ちの間は一旦外に出ることにしている。ずっと病院で待っていると疲れるし、気分転換にもなるし、時間も潰せるから。
いつも行くSTARBUCKSでドリップコーヒーを頼んだら「おうちでもドリップコーヒーを飲まれますか?」と聞かれたので「はい」と答えるとなんとサンプルでコーヒー豆を挽いてくれるらしい。なんだか嬉しかったので前から買おうと思っていたコーヒーミントもついでに買ってしまう。親切に弱いね。スタバのコーヒーはおいしい。どの豆を飲んでも違いはあんまりわからないけれど、いつもおいしいと思える。単純な舌で幸せ。コンビニのコーヒーはセブンイレブンが好きです。
ぼんやりと自分の履いている靴のパイソン柄を目で追っていたら、今日が16日だったと気づく。そうだった、去年の月曜に面接したんだった。思い出すと同時に何かに急かされるように残りを飲んでお会計に行かなければと立ち上がった。

あれから一年後、有給とって堂々と休んでいるなんて、想像もしていなかった。
年明けから調子はよくなかったけれど、それでも回復したり戻ったりと地味に一進一退している私。つらいことがないのがつらいなんて生温いことをボヤいていたのも本心で、今の環境で誰も私に何かしらの価値を求めてくることもなく、誰も私にガッカリしたりしないという状況はあまりにも初めてすぎて、正直まだ戸惑いもある。ただいるだけで許されるなんて甘すぎるだろうと。でもきっとその裏には、ガッカリされないのは今誰からも期待されてないということで、期待されていないということは評価するに値しない程度の人間であるという暗黙の事実になっていて、そういう立場はいつでも爪弾きにされるんだと怯えているのかもしれない。
とはいえ今の環境で突然解雇なんて普通に考えてありえないし、環境が私を優遇してくれていることを肌で感じるから、あまりにも真逆な心境に揺さぶられているんだと思う。

いろんなことを思い出すたびに感情が入り組んでぐしゃぐしゃになるけれど、目をそらさず確かめていく。急に、もう一人の自分がやってきて、肩をぽんと抱きながら「ダメなやつだったね、私」と言った。それはあまりにもカラッとしていたので、思わず苦笑してしまうほどだった。過去の欺瞞に満ちた心が自分自身を苦しめていたんだと、ただ単純に思えた。ほんと、ダメなやつだった。

いつだってただ認めて欲しかったんだよな。どこにいても誰といても私の居場所はここじゃないと常に感じながら、それでもあなたは存在しているだけで価値があると、必要なんだと誰かしらに認めて欲しかった。自分の存在だけでは無理だということはもう知っていたから、役に立つことでそういう評価をもらおうとしていた。でも結局、私が出来る範囲のことではいくらでも変わりはいて、あなたでなければと誰にも思われなかった。今はどこにも評価を求めていないから、それがこんなにも気楽なことなんだと拍子抜けしているところ。求めないほうが必要とされている気がするというのも、なんだか酷な状況だよ。
でもきっと、私は母に、あなたは生きているだけで価値があると、ただそう言って欲しかったんだと思う。誰かより優れていなくても、あなたのことが必要だと。

一年前には知らなかった感情がいくつも見つかるのも、萎縮しない生活を送っているからかもしれない。ぎゅっと固く閉じていた心が少しずつ溶けていく様子、絡まったネックレスが諦めなければいつか解けるように、また一年後の変化に向けて望みを捨てることなく、自分にとっての正しさを積み重ねるしかないんだろうな。
そんなふうに思った春の午後、桜はもうほとんど散ってしまっていた。きっと大丈夫、季節だけは忠実に巡ってくるから。また来年ね。

 
 
 
 

揺らぎ

ちょうど一年前、私は大きな転機を迎えていた頃だったので否応なしに色々と思い出してしまう。
すべてを手放す決意をしたのが3月末、転職したのが6月、仕事や生活ペースに慣れるのに数ヶ月かかり、そこから怒涛の社内行事が毎月何かしら続きそれなりに疲弊し、個人的な問題もいくつかあり、12月には引越しをしてそこから師走特有の慌ただしさに紛れて、仕事納めの日の晴れやかさに心を打たれたのが年末。本当の意味でこんなに長い休みがあるのは何年ぶりだろう、と感極まって涙が出た。稼働していないという罪悪感を抱かなくていい休みの尊さ。張り切ってあれこれ予定を詰め込んで迎えた年明け、穏やかさに溶けそうになったのも束の間、そこからどんどんメンタルが崩れていくのを感じた。

不安定になる理由もない日々を過ごしていくうちにわかったことがある。今までだってもちろん精神的に落ちることなんて山ほどあったけれど、そういう自分は求められていないと察していたから誰かの前に立つと当然のようにメンタルを通常レベルに引き上げていた。それはもう息をする感覚と同じで、私にとっては生きるための礼儀であり、落ちた自分を悟られたくないというバリアでもあった。不機嫌な人や調子が悪いのを全面に出す人を見ると、そんな部分をさらけ出しても世界に受け入れられると当たり前に感じている(もしくはそんなこと考えたこともない)のが羨ましいし、同時に恥ずかしいなと傍観していた。
今回の落ち込み具合は実にゆるやかで、今まで経験したことのない、のろのろとした低空飛行をただ続けているような気分が続いていた。出口のない迷路、同じメロディがエンドレスにリピートされ続けているような不気味さだった。
深く突き刺さるように落ちたほうが反動で気分なんて上げやすいのだ。あのころ家で鏡に映る自分の顔はまるで老婆のようだったのに、他人の目に晒されるためにテンションと口角を引き上げて求められる私を演じることである種の満足を感じていたのかもしれない。怒りや嫌悪という感情の対象となる物事や人がいて自分をとめどなく責められるほうが楽だった。わかりやすいから。でも今それがなくなってしまって、行き場のない焦燥感が私を巣食っていることが原因だった。つらいことがないのがつらい。文章にするとバカみたいだけど、事実だった。平和な世界で日々のささやかな喜びを大切に丁寧に生きる。そんなの私には無理だと思った。ささやかな喜びはあっという間に消えてしまう。痛みや憎しみのほうがずっとそばにいてくれるからキラキラと瞬く儚さより信頼出来るし、望めばどんどん増やせて絶えず消えることがない。
笑っちゃうくらい安定している日々の中で自分の輪郭がぼやけていくのを感じ、その穏やかさが侵食系の苦しみとなって現実逃避したくなってしまうこともあったけれど、じゃあどうしたいのと自分に問いただしてみると一年前のざらついた感情には二度と触れたくないということだった。今でもはっきりと覚えている。そう簡単に美化なんて出来ない。それでも、絶対に戻りたくない過去があるということは前に進んだという成果になるんだろう。

わりと鬱々としていた気分を父にぼやいたら、「今の環境に慣れてくるとそれはそれで落ち込みがあっても不思議ではない気がする。あなたの場合、過去を乗り越えていかなければならないので気持ちの整理と次の一歩を踏み出すのに時間がかかると思っています。あまり励ましにならない励ましかもしれませんがのんびりやりましょう。」と返信があり、ああそうかと納得した。今いる場所での浮き沈みがあることを私はあまり受け入れられていなかったけれど、ようやく自分のデフォルトになりかけているからそこで感じるものがあって当然なんだ。どこにいっても何か不安を探してしまう自分の受け止め方が間違っている気がして認められなかった。でもきっと普通のことなんだな。肩の力が少しだけ抜けたのを感じた。

それならもう歯止めをかけることなく感情に従ってみようと試みてわかったのが、心を泳がせておくと移り変わりがものすごく激しいことだった。わずかな希望が見えて大丈夫だと思った数時間後にはもう取り返しのつかない場所にいると暗くなって沈んでいく。その変化が目まぐるしくて、でも自分の不具合に素直になるのが新鮮で、しばらく続けていたらなんとなく落ち着いてきた。誰かの機嫌のために自分の不調を飲み込んで調整する必要なんてないんだよ。

私に手を差し伸べてくれるのはいつだって本、「ミエコのこと」の記事でも少しふれたけれど、観察をつづけるというエッセイにひどく感銘をうけたのも同じ頃。
 
 
“まだ若い頃は、なにか困難があったとき、耐えられないような感情にくるしめられたとき、その渦中にいながらも、少し時間がたてば(あるいは同時に)そこから何を学べるか、ということをおそらくいつも考えていたように思う。そこから何を学べるか。人生に疑いようもなく前方があると信じている人間の考えそうなことですね。何を学べるか。おまえはそこから何を学ぶのだ?それを誰かに試されているような気が、ずっとしていたものだった。
でも今は、こういう状況に陥ったとき、そこから学ぶことには興味がない。
ただ少しずつだけれども確実に変化してゆく感情や状況をつぶさに観察しなければならないとだけ思っている。どんなふうに出来事を忘れ、どんなふうに悲しくなくなり、それがどんな斑をつくり、どんなふうに日常が濃く、もどってくるのか。どんなふうに記憶はうつろい、あらわれ、処理され、忘れ、平気だった暗闇があれだけおそろしくパニックを起こしていたのにやがて平気になり、どんなふうにあんなに混乱していた感情や思い出をふりかえるようになるのか。そこに何の、どのような動きがあるのか。この点にかんしては言葉にあまり期待はできないものだし、ちゃんと書けたと思った時点でそれは駄目になってゆくものだから、せめて自分がそれをどれだけ精確に観察したか。しようとしたか。おまえは観察したのか?それだけを、試されている気がする。

共通しているのは、それを誰かから試されていると思うことだ。
でも誰から?試されるとは?すべて、なんのために?”

(川上未映子 魔法飛行 観察をつづける より)
 
 

私は昔から悲観的になってしまう性質でそれをねじ伏せるように他者からの評価でバランスをとっていたような気もするけど、ある時期からネガティヴに対する嫌悪とそういう自分を求められていないという他者目線が加わり、ポジティヴ路線への変更を余儀無くされていた。もちろんそうなれたらいいのにという憧れもあった。でもどこかで窮屈だった。無理してんな自分、というのを昔の文章を読んでいても感じることがある。
「つらいことにはきっと理由がある、と考えなければならない、つらいことが起こった原因と乗り越える意味を明確にして噛み砕いてこそ、そのつらいことが私を成長させてくれる、意味のあることになる、そもそもつらいと感じる私が間違ってるのかもしれないのでもう一度本当にそれがつらいのか、相手がつらくさせようと意図的なものなのかちゃんと考えて」という長っったらしく鬱陶しい思考を植えつけていたので、そしてまあつまらないほどに真面目なものだから全てのつらいことに対してそれをあてはめてしまっていた。事あるごとになぜ私はこんなにも試練が降り注ぐのか、それほどまでに駄目な人間なのか、などと考え込んでしまう。それがもうつらい。

穏やかな生活を続けることで、ようやく気づいたことがある。世の中にはかけられるべきではなかった言葉や抱く必要がない感情なんてのが溢れている。なにもかもに意味があるなんて、そんなわけないだろう。
無意識に吐き出された言葉だって受け取り側からしたらひどく狼狽してしまうことも、すべて受け取り側の問題なのだろうか。攻撃になってしまっていることに気づかない人が他者に対しても同じことを普通と思って投げつける。跳ね返す力がなかったとしたら、力不足だと一瞥をくれて終わる。それは正しいのか?それが正しいのか?
何をどこまでどう受け取るかなんてさじ加減は人それぞれだし、簡単にギアチェンジなんて出来ないけど、それでも起こることすべて自分にとって意味があると都合よく考えるポジティヴシンキングなんてのは生まれ持った性質であり無理してするべきことではないのだ、とミエコが教えてくれた。

すべてを忘れて、つらかったことを風化させて、糧になったことだけ自分の中に残すなんて、私にはそんな器用なこと出来ない。幾度となく経験した、あまりにも強い不安や孤独、この先に起こりうる恐怖から心臓が冷えて真っ二つに割れて一目散に両足の爪先に滑り降りていく感覚なんて、二度と思い出したくないけれど絶対に忘れられないのだ。でもきっとそういう気持ちを持ち続けていくからこそ、忘れられないからこそ、今そばにいてくれる人たちの存在をより身近に感じられたり、新しく出会う人たちに対して柔らかな思いやりをもって接することが出来るのではないだろうか。

だから私はちゃんと観察しようと思う。
心の弱さを掌握し、それを恥じることなく自分の一部だと認識すること。
どんな気持ちも誤魔化さず、心が揺らぐことにも正直に、無理に回復を望んだりすることなく、偽りのない生活を続けていくことで自分の内側に起きる変化を。
願わくば、少しずつでも過去の感情が均質化されていくことを。

 
 
 
 

02_我々はエンボスの手触りに虜

ストレスが散財に向かうタイプのみなさん、私もです。
数多くの痛い失敗も経験したので、さすがに見つけた勢いで買うということはなくなりましたが、いいな欲しいなと目をつけてどうしようかな〜と悩み続けていると、突然やっぱり違うかもとか今じゃないなと縁が切れるものが多くある中で、生き残るのは絶対的に欲しいもの。

そんなわけで悶々と悩み倒して数ヶ月、キーケースを探していたタイミングでもあり、むしろ買わない理由をむりやり探しているようなときにストレスマックスに達したので糸が切れたように購入。まさに「買ったれマジで」という誰にも止められない勢いでカートにイン、迷わず決済、完。
とはいえ買うべきだろうという確信もかなりあったので届いて開けた瞬間のガッツポーズ。店頭でも実物を何度も見てるくせにね、自分のものとして自分の手の上で見るとこれまた違った良さもある。パァ〜っと何かが弾け飛んで、完全にホームラン打った感覚。1年以上使っている今もまだ余韻に浸れてます。毎日溺愛中。

LOEWEの神々しいエンボス加工、小さめのサイズが強さを中和してくれるようで本当にちょうどよくしっくり。
使い込むにつれてどんどん良くなる手触り。凹凸とレザーの相性の良さ。もし万が一なくしたとしたら、私は同じキーケースを買います。もうこれは絶対と言ってもいい。迷う余地なし。

指先に触れただけでキーケースだとわかる手触り、バッグの中をごそごそかき回したりなんかもする必要ありません。黒の小物ばかりの中にこのキーケースがあるだけで変化がついて、他の黒と黒をつなげて持ち物全体をまとめてくれる役割もしてくれます。同じ質感ばかり続いても退屈だし、つながりが良くない黒もあるけれど、このキーケースがあるだけで一体感が出ます。そしてちょっとした色気もある、不思議なアイテム。

このシリーズを愛用している人とはだいたい通じ合えると勝手に思ってるほど、ブレない何かが秘められている気がします。
指先に馴染んでしまったらもう抜け出せない、麗しいエンボスの沼へようこそ。

 

6 Keys Keyring black

ミエコのこと

作家の川上未映子さんのことを一読者の私は「ミエコ」と呼んでいるのだけれどそれにはきちんとしたきっかけがあって、エッセイかなにかで妊娠を発表したあとファンからのメッセージで「ミエコー、赤ちゃんはペペロンチーノだけじゃ育たないんだよ!」というのがあって印象に残ったというものを読んで、カタカナでの“ミエコ”という色合いも、普段パスタばかり食べていることを当然のようにみんな知っていることも、その裏から滲み出る驚きの気持ちとか全部がその可愛らしい文章にまとまっていて、ファン全員がそう声をかけて妊娠を喜んでお祝いしたい気持ちだよって思った時から私の中で完全にミエコはミエコになったのでした。

私がミエコを知ったのは2007年の芥川賞受賞のニュース、直木賞は確か桜庭一樹さんで隣にいたミエコの紹介のされ方が「歌手としても活動しながら執筆して今回受賞」的なもので、ぽってりしたボブの見た目の可愛らしさから「歌手しながらで書いた小説か〜」という斜めからの印象が先行し、あまり好意的ではなかった。だってとびきりかわいくて歌も歌えてなおかつ小説も書けてよりによって芥川賞受賞なんて。と完全やっかみつつもあまりにも可愛かったので気になって調べたんですよね。そうしたらミエコのブログ「未映子の純粋悲性批判」がヒットして、歌手のブログはきっとライブの告知とか誰々とご飯食べたとか仲間最高みんなありがとーというのだろうと勝手に決めつけてクリックした日、私は今でも鮮明に覚えている。そこは文字の洪水、単語同士がものすごい勢いでくっついたり離れたりして、あっという間に文章になってしまったミエコの世界が、行くあてのない感情がただただ渦巻いていて、漫画のようにパソコンの画面から突風が吹いて私の概念を吹き飛ばした、あの夜のこと。

すごかったなあ、この人文章を書くために生まれてきた人だと一瞬で納得して、夢中でブログを貪るように読んだ。ブログというより随筆?コラムなのか、なんにせよ言葉のチョイス、それだけでもうわかることってたくさんあるじゃないですか。頭のてっぺんから指の先端までみちみちに詰まったセンス。それから多くのことを経験したからこそ生まれるマイナスな感情。弱者にとってただ寄り添うような、励ましではない優しさが溢れるところも、奢ることもなくかといって自虐でもなく、なんの偽りもないミエコがそこにいます。アンパンマンのようなテンションで「あ、見る〜?」と脳みそ取り出して見せてくれたような。だからもうその時から私はミエコが大好き。当時ブログを読んで泣いたなんて初めてだったんじゃないかな。

ミエコのサイン会に行ったのは今はなき六本木の青山ブックセンター、ミエコが登場するまでの時間、私は穂村弘さんの本を読んだりなどしていて、ミエコ登場ってなったときに存在のかわいらしさに立ち尽くし、そして「マルニ…マルニの似合う女がここに…」と呟いていた。トレードマークのぽってりしたボブ、ワンピースにカラータイツを履いて当時マルニの象徴でもあったおおぶりのモチーフがついたネックレスをしていた気がして、とにかくはちゃめちゃにマルニだった。今のように女性誌などに登場することもなかったので集まったファンは「自分、哲学かじってます」風の男の子や年配の方がわりと占めていて、確かに若い女子は少なかった。サインをしてもらうために並んでいて自分の番になった時、「まあまあこんなおしゃれな女の子が来てくれて、まあまあ」と言いながら私の名前とサインを書いてくれてその言い方がまさにエッセイから飛び出てきたようなまんまミエコだったので、私はいまだに忘れられない。

記憶が曖昧で時系列がごちゃごちゃかもしれないけれど、ミエコが情熱大陸に出たときのこと。あれはいつだったのか、確か長編小説「ヘヴン」を書いている時だったような?コジマの落書きを見たような気がするから。永井均さんを囲んでいたりもしたような。それから書けなくて逃亡もしていた。そして温泉宿にいるっていう。何より一番覚えているのが締め切り前でホテルに缶詰になっている時にミエコが着ていたTシャルにおっきく“JOY”って書いてあったんですよね、確か。胸からお腹まであるようなフォントサイズの“JOY”を身につけての「書けない辛い無理〜」ってミエコ、コントみたいだよ!なんでJOYを選んだの!とバックミュージックはYUKIのJOYが流れます、しゃくしゃく余裕で暮らしたーいってYUKIちゃんが踊っちゃうし。素でおちゃめすぎる。なんだかんだ言いながら、妥協することなく追求する姿っていうのはかっこよかった。「ヘヴン」はミエコの小説の中でダントツで好き。当時、よく本の話をしていた友人に「エリちゃん、百瀬、好きでしょう」って言われたの、すっごく覚えている。うん、確かにそうだったし、それを口にすることも許されないような気がしていたからドキッとした。

ミエコの本で特におすすめしたいのはやっぱりエッセイ、未映子の純粋悲性批判をまとめた「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」、「安心毛布」、「魔法飛行」かな。
デビュー作の通称そらすこんはとにかくミエコが濃ゆい、ときに吐きそうになるくらい感情か詰まっていて、ミエコという人がどういう人なのか一発でわかる本。安心毛布は「わたしであり、あなたでなくちゃ」を読むためだけに買っていいとも思えるほど、幾度となく手を差し伸べて救い上げてくれた。これからも何度だって読み返すという確信しかありません。

誰が足を止めて(この場合、手なのか?)くれるかわからないようなネットの世界で、ブログのタイトルに「ハロー!殺気立ってる?」なんてつけちゃうミエコのこと、ここまで崇拝しちゃって当然でしょう。一般常識から外れるとか奇を衒うなんてこと、ファッションや文学、自分の存在意義までにも侵食し、まあまあ混沌とした世の中だけれど、今となってはちょっと変わってるくらいでは注目もされず、いきすぎちゃう人だって山ほどいるし、でもそこに心があまり動かされないのは“変わったことやって注目集めよう”的な魂胆がどうしたって見えちゃうから興ざめするのであって、文章なんて特に“ここでグッとくるでしょう”的なミーティングを彷彿とさせる一文が改行後にバーンときたりするとびっくりするくらい白けてしまう。私は。でもミエコの文章は、根底にそういう思いがあることを感じさせられない。一般的にはすっごい偏っていたり、今までくっつけられなかったような単語たちを組み合わせちゃったりしてるんだけど、ミエコにとってはナチュラルで多分真顔でマジで言ってる。本人なんか変なこと言おうなんて一ミリも思ってないのに、赤裸々にそらすこんみたいな文章書けちゃうのってこれぞ才能だと私は思うのです。

インスタでミエコがマルニの袋を持っていたのを発見したとき、思わず声が出た。ミエコのマルニ、正しいマルニ、最強かわいい。

 
 

私にとってもはや薬。孤独との戦い方の答えがここに。
なくてはならない安心毛布。

安心毛布 (中公文庫)

最近読み返してグッときたのは「観察をつづける」
何か困難があったとき“そこから何を学べるか”と考えることを、“人生に疑いもなく前方があると信じている人間が考えそうなことですね”と一蹴。そう、その違和感を消化出来ずに困難を苦しいということさえも否定されているような。でもそうじゃない人だっていてもいいんだ。見方を変えることで変化させられる。改めてミエコの懐の深さを思い知る本。

魔法飛行 (中公文庫)

エクスクラメーションマークとクエスチョンマークは猫をお尻のほうから見た模様だということを知っていますか?上は尻尾、下の黒丸はお尻の穴なんだよ、ってことを教えてくれたのはミエコのそらすこんでした。

そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります (講談社文庫)

そらすこん収録の「未映子の純粋悲性批判」の中でも欠かせないのは「フラニーとゾーイーでんがな」と「私はゴッホにゆうたりたい」、いまでもWEBで読めるのでぜひ。サリンジャーのフラニーとゾーイーが関西弁になることによって自分の中で形成されていた今までの二人があっという間に消し飛ぶ方言という力、脳内大混乱からの爆笑間違いなし。フラニー、ほんまやで。それからゴッホに語りかけるのはいつ読んでも私は泣いてしまう、な、な、と続くゴッホへの共感と優しさ。ここに詰まったミエコの想い、この透明なキラキラしたものを手のひらに乗せて何度だって角度を変えて眺めていたい気持ち。そしていくつになっても視界を曇らせることなく、ゴッホへの文章に涙腺が緩むような人間でいたい。

誰も彼も書けないような文章を、まるで息を吐くかのようにごく自然に綴ってしまうミエコの尊さ、私はいつだって憧れてしまうのでした。

 
 
 
 

01_左腕に巻く、時計という名の鎧

2012年の年末、はじめてまとまった額のボーナスをもらった時に何か記念になるものが欲しいと考えたのが時計。何がいいのかなと画像をひたすら見ていてたまたま見つけたブラックフェイスのTank、私どう考えてもCartierっていうキャラじゃないだろうと思いながらも画像を見続けること数日、「これ絶対好きだ」と気持ちが膨らみ、在庫があった都内のショップに見に行きました。腕に乗せた時の存在全てに違和感なく、これはもう絶対買うと決め、状態が良さそうだった地方のアンティークショップで目をつけていた同じものを購入。カートに入れるとかじゃなくて、メールで注文しました。そして現金で振り込みました。そのアナログな感じも今となればなんだか印象的。
 

 
最初リザードの黒いベルトがついていましたが、せっかくだしと新しいものにチェンジ。リューズの青が映えるようにあえてネイビーのクロコにしました。ネイビーとブラックの組み合わせがもともとすごく好きだったのでこれは暗黙の大正解、ノーブルな雰囲気で溢れ出る特注感、グレーのニットに合わせるのが特に気に入っていました。
 

 
ベルトも変えられるし、ということで季節問わずガンガン使い続けて3年ほどたった頃、ちょっと劣化が誤魔化せなくなったなと感じたのでチェンジ。つるっとしたレザーがいいかなあと思って合わせてみたもののあまりしっくりこなくて、リザードがいいかと聞いてみたらなんと廃盤、そんなわけで同じクロコのブラックに。
 

 
ゴールドとのコントラストもくっきり、キリッとした雰囲気になって気分一新、これもまた大満足で喜びもひとしお。
たまに違う時計も欲しいなと思うこともありますが、色々見ているうちに似合う・似合わない、買える・買えないの天秤にかけていると今の自分がするべき時計はこれ以上ないんじゃないかなという結論にいつも落ち着きます。
6年たっても色褪せない魅力、最初から感じていたわけではない愛着と自分にとって必要なものだという確信、それから「この時計が一番似合うのは紛れもなく私だ」と(心の中で)言い切れてしまうちょっとした自惚れ。
 

 
今は平日仕事に行く時に必ず装着し、お休みの日は時計をしないことにしています。
時計をしていないと「今日休みなんだなあ」とホッとできる感覚、とてもいい習慣。昔はよくchigoのスタッズブレスレットと合わせてつけていました。お上品にまとめなくても浮いたり雑な雰囲気にならないところ、やっぱりこの組み合わせも最高〜。
 

 
いつも箱にしまわずに普段つけるアクセサリーと一緒に出しっ放しにしています。
細かな傷もついてきちゃっていますがそれもまた愛おしさが募ったりして、ここまできたら誰にも譲れないなと思い入れも相当なもの。
一度、時計もアクセサリーも全部つけ忘れて仕事に行った日、面白いくらいに力が出なくて「今日時計もアクセサリー全部忘れたから戦闘力弱い」と漏らしたら「いつも何と戦っているの」と笑われました。いいえ、生きることは戦いなんです。生き抜くために自分にとって最大の味方になる鎧を身につけていかないと。
 
はじめて正社員として働いた会社からもらったボーナスで、自分の一部になるほどまでに気に入る時計を買うことが出来たという自信。あの時、Cartierだからといって自分には不相応だとためらわず、思い切って本当に良かった。カルティエの時計が欲しかったんじゃなくて、私は心の底からこの時計が欲しかったんだ。 
僅かな直感が導いてくれたのは、時間以上の大切なことを教えてくれる時計でした。 
これぞ正しい記念品の購入事例。