コスメあれこれ

欲望が赴くままついつい買ってしまうもの、それがコスメです。いや、それなりに我慢はしているんだけど。気になって調べていくうちに湧き上がる高揚感、買うまでと使い始めのときめき、そして良かったときの喜びって本当にプライスレス。
あんまり濃いメイクが似合う顔じゃないし、メイクで色々カバーしたいというより買って使うあの特有のドキドキする感覚を味わいたくて、新しいコスメを次々と買ってしまう気がします。季節が変わる前からどんどん発表されるから諸々(支払いとか)追いついてないよ!という戒めもちょっと込めつつ、年明けくらいから購入したものの中から特に気に入っているものを。

 
[Celvoke]COMFY STICK BRUSH 03

これは実物を見る前から買おうと思っていたセルヴォークのチーク、発売日に駆け込んで大正解!ベージュの中にほどよくピンクっぽさもあるので血色が悪く見えることもなく、ブラウンよりの落ち着きもあって、いい感じに頬がそげて見えて(当社比)めちゃくちゃ気に入っています。ベースに仕込んで、もうちょっと明るくしたい時はNARSのSEX APPEALをふわっと。ちょっと赤めのリップや目元にする時はNARSのNICOを重ねます。

アンニュイな雰囲気なのに気軽に使えて、肌馴染みも最高。ベージュ〜ブラウン系のチークを探していたので、見つけた!感でいっぱい。イエベだのブルベだの、そんなことおかまいなしに誰にでも進めたい反則級のおしゃれカラーで、痺れる万能チーク。

 
[THRREE]デアリングヴォヤージャー 01 DARE TO FEEL

THREEのクリームアイシャドウはベージュを。ベージュなんてたくさんあるしという気持ちを跳ね飛ばしたラベンダーパールのきらめき。下まぶたに使うのがお気に入りです。何もしないとのっぺりしてしまう涙袋は無難なピンクベージュがなんとなく定番でしたが、NARSのPORTOBELLOのベージュシャドウをぼかしたあと、黒目の下あたりにさっとこれをのせます。光の具合でラベンダーの細かいラメがキラキラして、いつもより目周りの温度が少しだけ下がる気がする。

写真がうまく撮れずに上手に伝えられないことが心残りですがこれは限定品になんてしないでくださいとお願いしたいくらい鮮度の高いベージュ。
注入系に見えるぷくっとしたピンクベージュの涙袋もかわいいけど、それにちょっと飽きてきた人や抵抗があるへおすすめしたいラベンダーパール入りのベージュ。他にもあるのかな。見つけたら報告します。

 
[M・A・C]SMALL EYE SHADOW CORK

アイブロウにはずっとM・A・CのSOBAを使っていて使い終わったタイミングで買い替え。黄みを抑えようかなと思ってCORKにしてみました。
落ち着いたブラウンでほどよく赤みもあり、まばらな私の眉毛でも使いやすい。いくつか他のブランドのアイブロウ用のものを使ってみたけれど、なぜかここに落ち着くのはなんでだろう。アイシャドウだから濃すぎないのがいいのかも。もはやこれ以外で眉毛描けないんじゃないかと名高いADDICTIONのアイブロウブラシでざくざく描きます。

 
[NARS]POWERMATTE LIP PIGMENT 2800

唇はひとつしかないんだからといつも言い聞かせながらそれでも買わずにはいられないNARSの限定品。NARSはパンチあるおしゃれな色が多くて強い色味が本当に似合わないので我慢していたのですが、これなら私でも使えるかもと勢いよくカートへイン。明るめのコーラルカラーで、ほんのりオレンジっぽさもあって、サーモンピンクというか何もかも絶妙。きちんとつけるときっちりマットでかわいい。私はほのかに馴染ませる程度でちょうどよし。やんわり蛍光っぽさも感じるので歯が白く見える気がしました。
“濃いレッドで幸運を、ゴールドの伝統的な格子模様で金運をつかんで。もっとパワーを手に入れて、もっと楽しんで。勇敢な人に幸運は訪れる。”とのことなので、勇敢さをポケットに入れて今年もNARSを追いかけます。

 
[LILYBYRED]MOOD LIAR VELVET TINT 03

韓国コスメ LILYBRED、パッケージがかわいいな〜と思って買ってみた。桃のグミの香りがする、かわいいコスメ!ティントは唇の皮が向けたりパリパリするのが多くてとりあえず試してみないとわからない上にプチプラコスメだからどうかな?と思ったけど大丈夫でした。NARSと似ているコーラルぽい色味だけど、こうやって見るとこっちは断然かわいらしい色!NARSは大人っぽくて上品さが半端ない。こんなに発色するまでがっつり塗らないけどそれでも両方買ってよかったなあなんてうっとりしちゃうのがコスメの魔力。

色によって違うパッケージもかわいい。ティントで染めた唇もいかにも韓国ガールっぽくてテンションあがります。

 
[NARS]DUO EYESHADOW 3916 ST PAUL DE VENCE

リニューアル後、うっかり見てしまったら目があってしまって打ちのめされたピンクオレンジとベージュブラウン。

すべてがこれで解決してしまいそうな色味。
こうしてどんどん喜んで課金してしまうNARSという宗教。

 
[Celvoke]VOLUNTARY EYES 25 Brick

チークを買いに行った時にこの色は絶対に好きだということで迷いなく購入したCelvokeのクリームシャドウ。外国人の瞼の皮膚が血管透けていそうなくらい薄くて、ほんのり赤みがさしている様子がとにかく素敵で憧れてしまうんです。パールでもラメでもなく、透明感のある赤み。つねった時についた自らの皮膚から発してる自然な滲み出る赤っぽさが欲しいけれど、と地味に続いていた赤シャドウジプシーについに終止符が打たれたかものCelvokeのクリームシャドウ。
NARS 3916との合わせ技が最高すぎるので見てください。

NARSとCelvokeそれぞれの色味。わかりやすいように濃いめにのせています。Celvokeは薄い煉瓦色。

ベースにCelvokeのクリームシャドウ、上からNARS 3916の右のベージュを重ねます。クリームシャドウだけだとちょっとペタペタするのでそれを抑えるためにもベージュをふんわり。そうすることで赤みも少し控えめになって、パールっぽさもなく、これぞ私が求めていた血管の透けそうな、素の赤みに近いのでは!!
目元にここまで濃くするとさすがに化粧で赤いです感あるので瞼にのせるときはもっと控えめに。色ついてるかな?と思うくらいで大丈夫、それでもだいぶかわいい。

太陽の下だとこんな感じ。
こんな素敵な抜け感のある瞼で会社行きたくないので休日限定の瞼。アイライナーとかマスカラとかも潔くやめます。それくらいが気分。
時間がたつと二重のところに軽くたまって線が入るのもむしろ好き。たまる色も濁らなくて自然。
下まぶたにはNARSの左のピンクオレンジを光が入って欲しい涙袋の上にスッと撫でるだけ。色バランス最高ー!!!ってなります。

 

あんまりしていないようで実はいろいろ楽しんでるよというコスメについて。目も唇も足りないよなあと本気で思ってしまうほど好きなコスメが増えていく日々。
私よりはるかにたくさん持っている人はそのジレンマをどう処理しているのか考えつつ終わります。
次に気になるコスメは何かな。

 
 
※LILYBYREDは楽天で買いました

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【NAILHOLIC】ネイルカラー PU116


 
ちょっと強めな色を身に纏いたい気分だったので選んだネイルカラー。
クリアベースなので3度塗りしています。一度塗りだとほんのり葡萄色でそれもかわいいんだけど、シアー感があるネイルはムラになってしまって難しいので重ね塗り。
青みのパール具合がめちゃくちゃにかわいい! ベースにボルドーかネイビーを塗って重ねたらペディキュアとか良さそう。
休日限定のお遊びネイル、またやろうっと。

 

diary 0210

三連休の真ん中、最近行き始めたピラティスの10時からのクラスを予約していた。出来れば夕方とかが良かったけれど空いていなかったし、午前中から身体を動かすなんて新鮮でいいかなと。目を覚まして顔を洗ってコーヒーを入れて、冷凍庫にあったブール一切れとプンパーニッケル一枚をトーストする。酸味のあるドイツパンにはまって、休みの日には必ず食べるようになった。クリームチーズを塗ったりするとおいしい。

玄関を開けたら風がひんやりとしていて、そういえば昨日は雪が降ったんだなあと思い出す。足早に駅に向かい、乗った電車が発車すると同時に男の人の唸り声なのか寝言なのかよくわからない声が後ろから聞こえてきた。一瞬話し声なのかと思ったけれどどうやら違うようだ。呻き声にまざって「ふざけんな」「クソッ」という単語が聞き取れた。同じ車両にいる誰もが聞こえるような音量で喚きが続くものだから、皆息を潜めているのがわかる。お願いだから何も起こらないでほしい。きっと同じように心の中で宥めていた。急に暴れ出したら、凶器か何か取り出したら、突然殴りかかってきたら、と不安になる。私が降りる駅に着いた時、彼もスクッと立ち上がって降りていった。まるで何事もなかったかのように。それまで見ないようにしていた人たちの視線が彼の背中を追っていた。一体何だったんだ、と乗り換えた電車の中で否応無しに考えてしまう。きっと気に食わないことがあったりしたんだろう、抑えられない不満を表に出すことで発散させていたのかもしれない。何もなくてよかったという安堵の気持ちと同時になぜ他人をこんなに不快にさせる行為が許されるのだろうと若干苛立ち、それをまともに受け取ってダメージを負っている自分のことが心底嫌になった。世の中いろんな人がいるよね〜と軽くやり過ごせない自分が本当に情けない。彼の不満に私は関係ないはずなのに、他人の不機嫌や怒りにあまりにも敏感すぎる私はたった数分同じ車両に居合わせただけなのにあっさり憂鬱になった。

他人に対して「怖い」というスイッチが入ると途端に視界が曇る。表面上笑っていても閉じているシャッターがガタガタと震え出す。そう、シャッターが閉まっていても余裕で笑える。これはもうそういう生活をしてきたからついてしまった私の癖。今、日常的に接する人で「怖いから気をつけなければいけない」というフラグが立っている人は一人もいない。信じられないくらい自由に、言いたいことを我慢せずに暮らしている。そうして少しずつ自己肯定感を積み立てて嵩を増している最中なのに、あっという間に崩れることも体感してきた。そういうきっかけは本当にくだらないことなのだ。今回のように見ず知らずの人間の不機嫌とか、隣の吊革をつかむ声が大きい女性のネイルが剥げていたとか、偉そうな人のはみ出した脂肪を目撃してしまったとか。なぜベクトルが自己否定に向かうんでしょうね。私にもわかりません。これらが許される世界であればもう私は消えたほうがいいだろうという思考なんだろうな。元々の自己肯定感の低さを改めて思い知るのは何度目だろう。どうしてこんなになるまで沼を掘り下げてしまったんだろうなあと暗い気持ちで着替える。鬱なのに下半身はレギンスで笑ってしまう。私は何をしようとしているのだ、本当に。
初めてのインストラクターの先生はちょいちょい挟んでくる英単語の発音が良すぎて、良すぎてなのか「Down」が「ニャウ〜ン」に聞こえてしまう。何度もそのニャウ〜ン、ニャウ〜ンの合図で固まった身体を伸ばしていると、いろんなことがどうでもよくなった。身体を動かすって素晴らしいね。

苦しさや痛みの中でしか生きている実感がないという人も多く存在するんだと思う。私も自分を卑下し、自分を追い詰めることでなんとか生活にしがみついてきた。こんな辛い思いをしてるんだから絶対にこんな状態から抜け出してやる、そのためにまだまだ耐え続けてやる、と一人で勝手に我慢比べをしていた。そこから脱却したあとの生活は途方に暮れるほど普通で穏やかだった。そうしてぬるま湯の中でふやけていると生きることへの執着もなくなってくる。比べものにならないくらいまともな生活をしているのに、前よりも簡単に死んでしまいそうだ。

ふと母のことを考える。彼女は私を30で産んでいるから、今の私の歳には5才の私がいた。娘としての絶頂期は15がピークでそれまではずっと彼女の自慢の娘だった。私が活躍するたび彼女はイキイキとしていた。ここからまだ10年もあるのか。そう考えると私という存在がだいぶ役に立ったなと感じるし、私の人生もまだ終わったわけじゃないんだよなと漠然と思った。別に終わったと感じていたわけじゃないんだけど、今があまりにも平穏で、信じられないくらい平凡で、誰も私を傷つけようとしないから、価値を求めてきたりしないから、そのことにきっと退屈していたのかもしれない。たまに「たいした仕事もしてないのになんでこんなに私を守るんだ?何か理由があるのか?誰のさしがねなんだ?」と穏やかな上長の胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたくなる。やらないけどさ。長年搾取され続けた人間の悲しき性なんだろう。

せっかく午前中にクラスが終わったし、空は高いし、真っ直ぐ帰るのもなと思い喫茶店に入った。値段を見ずに入ったらコーヒーが1,000円する。まあそんなこともあるかと同じ値段のカフェラテを頼んだら上品なサイズのカップにもこもこと固いミルクの泡がのっていて、とてもおいしくて納得価格だった。電車を下りてすぐここに入っていたらこの値段にも打ちのめされていただろうな。弱くて嫌になっちゃうね。でも大丈夫。飲み終わったらお腹が空いてきたので帰ろうと思い、席を立った。大好きなパン屋さんに行こう。

午前中の出来事、冷たい空気の中、せめて晴れていたことが私を救う。
まだまだ回復期、焦らず進めばいい。


 
最近我が家にやってきたミルクブッシュ。
何も気にせずに、おおきくおなりね。

 

米津玄師 – Flamingo

遅ればせながら紅白で米津玄師という人を初めて知って、ものすごく繊細で才能の塊みたいな人だなと思ってちょっと調べていたら想像以上で驚いたのも束の間、妙に遠い昔にどこかで見たことがあるような感覚で、でも誰だったのかなと頭を悩ませること数日、「魚喃キリコの漫画だ!」と。

魚喃キリコにがっつり浸ったことのある人は見覚えがある感覚になるでしょう、これは。
絵もストーリーも大好きで、あまりにも好きすぎてうかつに漫画について語れないほどで、それくらい自分の一部だった魚喃キリコの漫画。登場人物のバランスがとにかく魅力的で、色気のある指と手の大きさ、後頭部の曲線が特に好きなんだけど、完コピなる人間がついに現れたなという。
Flamingoは手の美しさが特に際立って、まさに二次元から飛び出てきたような男の子。
最高に凄みのある手をしていて見惚れてしまう。

 

私、その後

転職のいきさつを綴った「何者にもなれなかった私へ」を公開してから4ヶ月ほど経ち、入社してからは半年が過ぎました。今読み返してみると、どうして自ら壁に頭を打ち続けるような生活を続けられていたのかと不思議な気持ちで、なんだか遠い世界のことのよう。たった一年未満に起きた自分自身のことなのに。そして生活を重ねていくうちにまた変化があったので、それを記しておこうと思います。

まず、今も転職した会社で働いています。入社した当時はとにかく仕事内容のレベルが今までの自分では歯が立たず、知識のなさすぎる自分を恥じたり投げ出したくなったりもしました。それに加え、人間関係やら会社以外でのストレスで「あ、なんか無理」と急に思った日がありました。入社して一ヶ月くらいだったかな。その日、定時に会社を出て無意識に表参道へ向かっていました。CELINE、LOEWE等々ハイブランドのshopが並ぶ道を歩き、それからACNE、DRISなどを眺め、undercoverで古傷がなんだか疼き、Chrome Heartsで重厚感のあるシルバーに物欲が溢れ、BLAMINKでは服の質だけではなくインテリアにも圧倒され、それからRick OwensでRICKZILLAを拝んで、Aesopの薬瓶に囲まれ香りを吸い込み、結果ものすごく復活したのでした。我ながら単純すぎる。
会社はおしゃれさゼロ、ファッションとは真逆の世界で服もオフィスカジュアル(毎日ユニクロ)、バッグはzozoで適当に買ったA4が入る合皮のトート、髪の毛もひっつめてメイクも適当、デスクの上はシンプルさ優先、文房具は支給されたもの、なんていう生活だったので息が詰まったようでした。私は好きなものに囲まれていないとダメだった。

変えられるところからということで、翌日デスクにLOEWEの香水の箱と小さな花瓶を飾り、大理石のペンたてを置きました。仕事中目に入るところに好きなものたちがあるだけでこんなにも気分が上がるのかと地味に実感したところに、「これは何?お花?中身は入っているんですか?」と質問が飛んできます。「えっと香水の箱で」「中身は入っていないの?」「はい」「へえ〜」(ナンデ?ナンデ?空ノハコ?)という純粋な疑問の視線。花瓶にいたっては「加湿器ですか?」(違います)、大理石のペンたてはオレンジブラウンの色味と模様の出方がCELINEの店内にある置物っぽい〜と非常に気に入って色違いで二つ購入したものでしたが、墓石のような扱いでした。(ヒドイ)(ちなみに全員違う人です)
でもなんかどれも自分が気に入ってるものだし、何を言われても全然平気だなと笑ってしまいました。
そこからじわじわと小物を増やしているところです。仕事する気あるのかと怒られるくらいまでは突き進むつもり。

 
着る服については生きてきたなかで一番興味が失せました。週5でユニクロをかわるがわる着ているだけで、休日のために買うほど気力もなく。でもだんだんそれに飽きてきました。今まではこの服はいいものなのかと誰かからの評価を気にしたり、おしゃれに見られたいとか、痩せて見えたい(私はこれが一番強かった)とか、そんな思いが先行していたような気がします。一回ファッション辞めてみると非常にどうでもいいことに捕らわれていたんだとわかりました。いきなり脱ユニクロできるほど投資は出来ないけれど少しずつ変えていけたらいいな。しかしながらオフィスカジュアルはデニムNGなのがつらい。スキニーデニムは私のマストアイテムなのに。
パンプスも良いものを履きたいけれど下手したら朝夕ともに満員電車にぶつかる可能性もあるため、お気に入りのパンプスの爪先でも踏まれたらちょっと立ち直れない。ということで置きパンンプスするべき?などと考え中です。

仕事は相変わらずわからないことも多いけれど、なんとなく要領がつかめてきてそれなりこなせるようになったような、なっていないような、そんな感じ。入社してすぐ高度なExcelをいじった日にはマジで無理とか思いましたが、案外なんとかなっちゃうものです。やってみれば平気だし、ダメだったら助けてもらえばいい。組織ってそれがで出来るところ。
以前の記事では今の自分がいちばんいいかも、というささやかな自己肯定感でしたが、今ではこんなに知識もなく経験もないのに果敢に立ち向かってる私サイコーなんていう図々しさまで身に付けました。なんていうか、とても楽です。
もちろん全てが順風満帆なわけではなく、良いことばかりではありません。誰一人とも仲良くなっていないし、わりと試してみたけれど話は噛み合わないことの方が多いし、腹が立つこともしばしば。でもなぜか、多くのことが本当に些細な不満だし、「まあ、そんなもんか」と思えるようになりました。
それにはきちんとした理由があって、私は今の職場に求めているものはただ一つ、安定していることだけなんです。そこがブレない限り、だいたいのことはきっと大丈夫。決められた労働時間と毎月約束された給与、守ってくれる組織とあと数年で潰れないだろうという企業としての安心感。仕事も意外と楽しいし、学ぶことも多い。なのでそれ以外はオプションでしかありません。友達を見つけにいっているわけでもなく、一緒に働きたい人がいるわけでもなく、仕事に夢を重ねたいわけではない。そこまできちんと落とし込んでから転職したので、わりと受け入れられています。

これから転職したりする人へ、私が伝えたいのは「どこにいっても、なんかある」ということ。完璧な職場なんて絶対にありません。理不尽な人はどこにでもいるし、やりたくない仕事もある。私だって職場に仲良くなれそうな人がいて欲しいし、尊敬出来る先輩や上司が欲しいし、寝食忘れるほど仕事に夢中になりたいし、自分の夢を会社で叶えられたら最高だし、嬉しいことや成果が出たら賞賛しあって涙を流せるような仲間がいる組織がいい。でも今回の転職に限ってはそれを追いかけるのをやめました。それが良い方向へ自分を導いてくれたような気がします。自分の中の仕事における軸をぶらさないこと。そして与えられた仕事の中で好きな部分を見つける努力を欠かさないこと。それが出来ていればどこでも柔軟に、力を抜いていい具合に過ごせるはず。

 
それから逃げ出すように辞めてしまった前の仕事について。転職のタイミングで環境がガラッと変わったこともあり、当時のことを考えるのを避けていました。蓋をするように、見て見ぬ振りを続けていくうちに、じわじわと影が濃くなり、私を追いかけてくるようになりました。やめるほどの理由はあった。それは紛れもない事実だったし今もその気持ちは変わらないけれど、突然煙のように消えるようなやめ方をしてしまったことに対しての罪悪感がどんどん大きくなった結果でした。どんな理由をつけてもその罪悪感は消えず、ようやくそこから蓋を開け、ひとつひとつ向き合うことを始めました。そうすると今の会社のあれこれが軽々とかわせてしまう術はどこから身につけたのか、不愉快なことに対して我慢せず発言出来るようになったのは何を乗り越えてきたからなのか、時間やお金、自分自身の価値について考えられられるようになったのは何がきっかけだったのか、ファッションとかそういう世界が持つ空気が自分には必要だと思えたことも含めて、ああ全ては通ってきた経験があったからなんだなと心から思えました。経験は必ず糧になる。そして謝罪と感謝を伝えたところでこの話は終わりになります。息を潜め、けれど確実に私を蝕んでいた影はいつのまにかなくなり、私は自分の幼さに呆れてしまいました。でもきっとここまで時間をかけなければ導き出せなかった本当の、心からの気持ちです。セオリーどおりの結論だったとしても、そこに行き着くまでのプロセスで大きなことを学びました。世の中には正解とされるものがたくさん並んでいます。自分の頭のなかにもこれがきっと俗に言う正解なんだろうという塊が転がっているかもしれません。それでもやっぱり、納得出来ていないと未消化のままいつまでも残ってしまう。心が動くまでは全て溶けきることなんてないんです。自分の心が反応するまで待つことの重要さ。焦ってその結論を自分のものにすり替えようとしなくてよかった。

2018年1月1日の日記には「全てを捨てたってかまわないし、全て変わってもいい」と書いていた私。そこにある“全て”は数ヶ月後に捨てたことになるし、“全て”は確かに変わりました。けれど少しだけ成長した自分は残ったし、変わらない大切な人たちは今も存在しているし、これからまた何か変わることも軽やかに楽しめそう。

西暦に9がつくと決まって思い出すのは1999年のノストラダムスの大予言で、残っているのは結局は終わらなかった世界になんとなく失望もしたような記憶。もう20年も前の話。明日生きているかどうかも誰一人わからないし、あと何時間後に命を落としてしまうかもしれない。何の変哲もない日々だってどこかが傷ついて機能しなくなったり、いつのまにか再生されたり、そんなことを繰り返しながら毎日全ての人が自らの死にそれぞれ近づいていくのだと、それだけは平等なのだと思いながら、今日も眠りにつくのです。
人生の伏線をものすごい勢いで回収していった2018年が終わり、静かな平成最後の幕開け。
初詣のために山門をくぐった時、全てを引き剥がすかのような風が吹いて、年が変わったことを肌で感じた日のこと、きっと忘れないと思う。