翻る

そういえば去年の今は面接が終わった頃だったとふと思い出して、冷めたコーヒーを飲み干した。
土曜に病院へ行こうと思って、そうすると丸一日潰れてしまうからじゃあ月曜は有給とろうと呑気に考えて眠い目をこすりながら病院に向かった先に待っていたのはまさかの休館日、呆気にとられて帰宅し、それならば月曜にリベンジするしかないのだと今日も気持ちのいいお天気の中病院へ。大学病院というのは混雑と待ち時間を回避できないものだと痛いほどわかっているので会計及び薬待ちの間は一旦外に出ることにしている。ずっと病院で待っていると疲れるし、気分転換にもなるし、時間も潰せるから。
いつも行くSTARBUCKSでドリップコーヒーを頼んだら「おうちでもドリップコーヒーを飲まれますか?」と聞かれたので「はい」と答えるとなんとサンプルでコーヒー豆を挽いてくれるらしい。なんだか嬉しかったので前から買おうと思っていたコーヒーミントもついでに買ってしまう。親切に弱いね。スタバのコーヒーはおいしい。どの豆を飲んでも違いはあんまりわからないけれど、いつもおいしいと思える。単純な舌で幸せ。コンビニのコーヒーはセブンイレブンが好きです。
ぼんやりと自分の履いている靴のパイソン柄を目で追っていたら、今日が16日だったと気づく。そうだった、去年の月曜に面接したんだった。思い出すと同時に何かに急かされるように残りを飲んでお会計に行かなければと立ち上がった。

あれから一年後、有給とって堂々と休んでいるなんて、想像もしていなかった。
年明けから調子はよくなかったけれど、それでも回復したり戻ったりと地味に一進一退している私。つらいことがないのがつらいなんて生温いことをボヤいていたのも本心で、今の環境で誰も私に何かしらの価値を求めてくることもなく、誰も私にガッカリしたりしないという状況はあまりにも初めてすぎて、正直まだ戸惑いもある。ただいるだけで許されるなんて甘すぎるだろうと。でもきっとその裏には、ガッカリされないのは今誰からも期待されてないということで、期待されていないということは評価するに値しない程度の人間であるという暗黙の事実になっていて、そういう立場はいつでも爪弾きにされるんだと怯えているのかもしれない。
とはいえ今の環境で突然解雇なんて普通に考えてありえないし、環境が私を優遇してくれていることを肌で感じるから、あまりにも真逆な心境に揺さぶられているんだと思う。

いろんなことを思い出すたびに感情が入り組んでぐしゃぐしゃになるけれど、目をそらさず確かめていく。急に、もう一人の自分がやってきて、肩をぽんと抱きながら「ダメなやつだったね、私」と言った。それはあまりにもカラッとしていたので、思わず苦笑してしまうほどだった。過去の欺瞞に満ちた心が自分自身を苦しめていたんだと、ただ単純に思えた。ほんと、ダメなやつだった。

いつだってただ認めて欲しかったんだよな。どこにいても誰といても私の居場所はここじゃないと常に感じながら、それでもあなたは存在しているだけで価値があると、必要なんだと誰かしらに認めて欲しかった。自分の存在だけでは無理だということはもう知っていたから、役に立つことでそういう評価をもらおうとしていた。でも結局、私が出来る範囲のことではいくらでも変わりはいて、あなたでなければと誰にも思われなかった。今はどこにも評価を求めていないから、それがこんなにも気楽なことなんだと拍子抜けしているところ。求めないほうが必要とされている気がするというのも、なんだか酷な状況だよ。
でもきっと、私は母に、あなたは生きているだけで価値があると、ただそう言って欲しかったんだと思う。誰かより優れていなくても、あなたのことが必要だと。

一年前には知らなかった感情がいくつも見つかるのも、萎縮しない生活を送っているからかもしれない。ぎゅっと固く閉じていた心が少しずつ溶けていく様子、絡まったネックレスが諦めなければいつか解けるように、また一年後の変化に向けて望みを捨てることなく、自分にとっての正しさを積み重ねるしかないんだろうな。
そんなふうに思った春の午後、桜はもうほとんど散ってしまっていた。きっと大丈夫、季節だけは忠実に巡ってくるから。また来年ね。

 
 
 
 

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