diary 0210

三連休の真ん中、最近行き始めたピラティスの10時からのクラスを予約していた。出来れば夕方とかが良かったけれど空いていなかったし、午前中から身体を動かすなんて新鮮でいいかなと。目を覚まして顔を洗ってコーヒーを入れて、冷凍庫にあったブール一切れとプンパーニッケル一枚をトーストする。酸味のあるドイツパンにはまって、休みの日には必ず食べるようになった。クリームチーズを塗ったりするとおいしい。

玄関を開けたら風がひんやりとしていて、そういえば昨日は雪が降ったんだなあと思い出す。足早に駅に向かい、乗った電車が発車すると同時に男の人の唸り声なのか寝言なのかよくわからない声が後ろから聞こえてきた。一瞬話し声なのかと思ったけれどどうやら違うようだ。呻き声にまざって「ふざけんな」「クソッ」という単語が聞き取れた。同じ車両にいる誰もが聞こえるような音量で喚きが続くものだから、皆息を潜めているのがわかる。お願いだから何も起こらないでほしい。きっと同じように心の中で宥めていた。急に暴れ出したら、凶器か何か取り出したら、突然殴りかかってきたら、と不安になる。私が降りる駅に着いた時、彼もスクッと立ち上がって降りていった。まるで何事もなかったかのように。それまで見ないようにしていた人たちの視線が彼の背中を追っていた。一体何だったんだ、と乗り換えた電車の中で否応無しに考えてしまう。きっと気に食わないことがあったりしたんだろう、抑えられない不満を表に出すことで発散させていたのかもしれない。何もなくてよかったという安堵の気持ちと同時になぜ他人をこんなに不快にさせる行為が許されるのだろうと若干苛立ち、それをまともに受け取ってダメージを負っている自分のことが心底嫌になった。世の中いろんな人がいるよね〜と軽くやり過ごせない自分が本当に情けない。彼の不満に私は関係ないはずなのに、他人の不機嫌や怒りにあまりにも敏感すぎる私はたった数分同じ車両に居合わせただけなのにあっさり憂鬱になった。

他人に対して「怖い」というスイッチが入ると途端に視界が曇る。表面上笑っていても閉じているシャッターがガタガタと震え出す。そう、シャッターが閉まっていても余裕で笑える。これはもうそういう生活をしてきたからついてしまった私の癖。今、日常的に接する人で「怖いから気をつけなければいけない」というフラグが立っている人は一人もいない。信じられないくらい自由に、言いたいことを我慢せずに暮らしている。そうして少しずつ自己肯定感を積み立てて嵩を増している最中なのに、あっという間に崩れることも体感してきた。そういうきっかけは本当にくだらないことなのだ。今回のように見ず知らずの人間の不機嫌とか、隣の吊革をつかむ声が大きい女性のネイルが剥げていたとか、偉そうな人のはみ出した脂肪を目撃してしまったとか。なぜベクトルが自己否定に向かうんでしょうね。私にもわかりません。これらが許される世界であればもう私は消えたほうがいいだろうという思考なんだろうな。元々の自己肯定感の低さを改めて思い知るのは何度目だろう。どうしてこんなになるまで沼を掘り下げてしまったんだろうなあと暗い気持ちで着替える。鬱なのに下半身はレギンスで笑ってしまう。私は何をしようとしているのだ、本当に。
初めてのインストラクターの先生はちょいちょい挟んでくる英単語の発音が良すぎて、良すぎてなのか「Down」が「ニャウ〜ン」に聞こえてしまう。何度もそのニャウ〜ン、ニャウ〜ンの合図で固まった身体を伸ばしていると、いろんなことがどうでもよくなった。身体を動かすって素晴らしいね。

苦しさや痛みの中でしか生きている実感がないという人も多く存在するんだと思う。私も自分を卑下し、自分を追い詰めることでなんとか生活にしがみついてきた。こんな辛い思いをしてるんだから絶対にこんな状態から抜け出してやる、そのためにまだまだ耐え続けてやる、と一人で勝手に我慢比べをしていた。そこから脱却したあとの生活は途方に暮れるほど普通で穏やかだった。そうしてぬるま湯の中でふやけていると生きることへの執着もなくなってくる。比べものにならないくらいまともな生活をしているのに、前よりも簡単に死んでしまいそうだ。

ふと母のことを考える。彼女は私を30で産んでいるから、今の私の歳には5才の私がいた。娘としての絶頂期は15がピークでそれまではずっと彼女の自慢の娘だった。私が活躍するたび彼女はイキイキとしていた。ここからまだ10年もあるのか。そう考えると私という存在がだいぶ役に立ったなと感じるし、私の人生もまだ終わったわけじゃないんだよなと漠然と思った。別に終わったと感じていたわけじゃないんだけど、今があまりにも平穏で、信じられないくらい平凡で、誰も私を傷つけようとしないから、価値を求めてきたりしないから、そのことにきっと退屈していたのかもしれない。たまに「たいした仕事もしてないのになんでこんなに私を守るんだ?何か理由があるのか?誰のさしがねなんだ?」と穏やかな上長の胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたくなる。やらないけどさ。長年搾取され続けた人間の悲しき性なんだろう。

せっかく午前中にクラスが終わったし、空は高いし、真っ直ぐ帰るのもなと思い喫茶店に入った。値段を見ずに入ったらコーヒーが1,000円する。まあそんなこともあるかと同じ値段のカフェラテを頼んだら上品なサイズのカップにもこもこと固いミルクの泡がのっていて、とてもおいしくて納得価格だった。電車を下りてすぐここに入っていたらこの値段にも打ちのめされていただろうな。弱くて嫌になっちゃうね。でも大丈夫。飲み終わったらお腹が空いてきたので帰ろうと思い、席を立った。大好きなパン屋さんに行こう。

午前中の出来事、冷たい空気の中、せめて晴れていたことが私を救う。
まだまだ回復期、焦らず進めばいい。


 
最近我が家にやってきたミルクブッシュ。
何も気にせずに、おおきくおなりね。

 

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