私、その後

転職のいきさつを綴った「何者にもなれなかった私へ」を公開してから4ヶ月ほど経ち、入社してからは半年が過ぎました。今読み返してみると、どうして自ら壁に頭を打ち続けるような生活を続けられていたのかと不思議な気持ちで、なんだか遠い世界のことのよう。たった一年未満に起きた自分自身のことなのに。そして生活を重ねていくうちにまた変化があったので、それを記しておこうと思います。

まず、今も転職した会社で働いています。入社した当時はとにかく仕事内容のレベルが今までの自分では歯が立たず、知識のなさすぎる自分を恥じたり投げ出したくなったりもしました。それに加え、人間関係やら会社以外でのストレスで「あ、なんか無理」と急に思った日がありました。入社して一ヶ月くらいだったかな。その日、定時に会社を出て無意識に表参道へ向かっていました。CELINE、LOEWE等々ハイブランドのshopが並ぶ道を歩き、それからACNE、DRISなどを眺め、undercoverで古傷がなんだか疼き、Chrome Heartsで重厚感のあるシルバーに物欲が溢れ、BLAMINKでは服の質だけではなくインテリアにも圧倒され、それからRick OwensでRICKZILLAを拝んで、Aesopの薬瓶に囲まれ香りを吸い込み、結果ものすごく復活したのでした。我ながら単純すぎる。
会社はおしゃれさゼロ、ファッションとは真逆の世界で服もオフィスカジュアル(毎日ユニクロ)、バッグはzozoで適当に買ったA4が入る合皮のトート、髪の毛もひっつめてメイクも適当、デスクの上はシンプルさ優先、文房具は支給されたもの、なんていう生活だったので息が詰まったようでした。私は好きなものに囲まれていないとダメだった。

変えられるところからということで、翌日デスクにLOEWEの香水の箱と小さな花瓶を飾り、大理石のペンたてを置きました。仕事中目に入るところに好きなものたちがあるだけでこんなにも気分が上がるのかと地味に実感したところに、「これは何?お花?中身は入っているんですか?」と質問が飛んできます。「えっと香水の箱で」「中身は入っていないの?」「はい」「へえ〜」(ナンデ?ナンデ?空ノハコ?)という純粋な疑問の視線。花瓶にいたっては「加湿器ですか?」(違います)、大理石のペンたてはオレンジブラウンの色味と模様の出方がCELINEの店内にある置物っぽい〜と非常に気に入って色違いで二つ購入したものでしたが、墓石のような扱いでした。(ヒドイ)(ちなみに全員違う人です)
でもなんかどれも自分が気に入ってるものだし、何を言われても全然平気だなと笑ってしまいました。
そこからじわじわと小物を増やしているところです。仕事する気あるのかと怒られるくらいまでは突き進むつもり。

 
着る服については生きてきたなかで一番興味が失せました。週5でユニクロをかわるがわる着ているだけで、休日のために買うほど気力もなく。でもだんだんそれに飽きてきました。今まではこの服はいいものなのかと誰かからの評価を気にしたり、おしゃれに見られたいとか、痩せて見えたい(私はこれが一番強かった)とか、そんな思いが先行していたような気がします。一回ファッション辞めてみると非常にどうでもいいことに捕らわれていたんだとわかりました。いきなり脱ユニクロできるほど投資は出来ないけれど少しずつ変えていけたらいいな。しかしながらオフィスカジュアルはデニムNGなのがつらい。スキニーデニムは私のマストアイテムなのに。
パンプスも良いものを履きたいけれど下手したら朝夕ともに満員電車にぶつかる可能性もあるため、お気に入りのパンプスの爪先でも踏まれたらちょっと立ち直れない。ということで置きパンンプスするべき?などと考え中です。

仕事は相変わらずわからないことも多いけれど、なんとなく要領がつかめてきてそれなりこなせるようになったような、なっていないような、そんな感じ。入社してすぐ高度なExcelをいじった日にはマジで無理とか思いましたが、案外なんとかなっちゃうものです。やってみれば平気だし、ダメだったら助けてもらえばいい。組織ってそれがで出来るところ。
以前の記事では今の自分がいちばんいいかも、というささやかな自己肯定感でしたが、今ではこんなに知識もなく経験もないのに果敢に立ち向かってる私サイコーなんていう図々しさまで身に付けました。なんていうか、とても楽です。
もちろん全てが順風満帆なわけではなく、良いことばかりではありません。誰一人とも仲良くなっていないし、わりと試してみたけれど話は噛み合わないことの方が多いし、腹が立つこともしばしば。でもなぜか、多くのことが本当に些細な不満だし、「まあ、そんなもんか」と思えるようになりました。
それにはきちんとした理由があって、私は今の職場に求めているものはただ一つ、安定していることだけなんです。そこがブレない限り、だいたいのことはきっと大丈夫。決められた労働時間と毎月約束された給与、守ってくれる組織とあと数年で潰れないだろうという企業としての安心感。仕事も意外と楽しいし、学ぶことも多い。なのでそれ以外はオプションでしかありません。友達を見つけにいっているわけでもなく、一緒に働きたい人がいるわけでもなく、仕事に夢を重ねたいわけではない。そこまできちんと落とし込んでから転職したので、わりと受け入れられています。

これから転職したりする人へ、私が伝えたいのは「どこにいっても、なんかある」ということ。完璧な職場なんて絶対にありません。理不尽な人はどこにでもいるし、やりたくない仕事もある。私だって職場に仲良くなれそうな人がいて欲しいし、尊敬出来る先輩や上司が欲しいし、寝食忘れるほど仕事に夢中になりたいし、自分の夢を会社で叶えられたら最高だし、嬉しいことや成果が出たら賞賛しあって涙を流せるような仲間がいる組織がいい。でも今回の転職に限ってはそれを追いかけるのをやめました。それが良い方向へ自分を導いてくれたような気がします。自分の中の仕事における軸をぶらさないこと。そして与えられた仕事の中で好きな部分を見つける努力を欠かさないこと。それが出来ていればどこでも柔軟に、力を抜いていい具合に過ごせるはず。

 
それから逃げ出すように辞めてしまった前の仕事について。転職のタイミングで環境がガラッと変わったこともあり、当時のことを考えるのを避けていました。蓋をするように、見て見ぬ振りを続けていくうちに、じわじわと影が濃くなり、私を追いかけてくるようになりました。やめるほどの理由はあった。それは紛れもない事実だったし今もその気持ちは変わらないけれど、突然煙のように消えるようなやめ方をしてしまったことに対しての罪悪感がどんどん大きくなった結果でした。どんな理由をつけてもその罪悪感は消えず、ようやくそこから蓋を開け、ひとつひとつ向き合うことを始めました。そうすると今の会社のあれこれが軽々とかわせてしまう術はどこから身につけたのか、不愉快なことに対して我慢せず発言出来るようになったのは何を乗り越えてきたからなのか、時間やお金、自分自身の価値について考えられられるようになったのは何がきっかけだったのか、ファッションとかそういう世界が持つ空気が自分には必要だと思えたことも含めて、ああ全ては通ってきた経験があったからなんだなと心から思えました。経験は必ず糧になる。そして謝罪と感謝を伝えたところでこの話は終わりになります。息を潜め、けれど確実に私を蝕んでいた影はいつのまにかなくなり、私は自分の幼さに呆れてしまいました。でもきっとここまで時間をかけなければ導き出せなかった本当の、心からの気持ちです。セオリーどおりの結論だったとしても、そこに行き着くまでのプロセスで大きなことを学びました。世の中には正解とされるものがたくさん並んでいます。自分の頭のなかにもこれがきっと俗に言う正解なんだろうという塊が転がっているかもしれません。それでもやっぱり、納得出来ていないと未消化のままいつまでも残ってしまう。心が動くまでは全て溶けきることなんてないんです。自分の心が反応するまで待つことの重要さ。焦ってその結論を自分のものにすり替えようとしなくてよかった。

2018年1月1日の日記には「全てを捨てたってかまわないし、全て変わってもいい」と書いていた私。そこにある“全て”は数ヶ月後に捨てたことになるし、“全て”は確かに変わりました。けれど少しだけ成長した自分は残ったし、変わらない大切な人たちは今も存在しているし、これからまた何か変わることも軽やかに楽しめそう。

西暦に9がつくと決まって思い出すのは1999年のノストラダムスの大予言で、残っているのは結局は終わらなかった世界になんとなく失望もしたような記憶。もう20年も前の話。明日生きているかどうかも誰一人わからないし、あと何時間後に命を落としてしまうかもしれない。何の変哲もない日々だってどこかが傷ついて機能しなくなったり、いつのまにか再生されたり、そんなことを繰り返しながら毎日全ての人が自らの死にそれぞれ近づいていくのだと、それだけは平等なのだと思いながら、今日も眠りにつくのです。
人生の伏線をものすごい勢いで回収していった2018年が終わり、静かな平成最後の幕開け。
初詣のために山門をくぐった時、全てを引き剥がすかのような風が吹いて、年が変わったことを肌で感じた日のこと、きっと忘れないと思う。

 

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