「身の上話」佐藤正午

 
「身の上話」 佐藤正午
 

“あなたに知っておいてほしいのは、人間にとって秘密を守るのはむずかしいということです。たとえひとりでも、あなたがだれかに当せんしたことを話したのなら、そこから少しずつうわさが広まっていくのは避けられないと考えたほうがよいでしょう。不倫相手と逃避行の後、宝くじが高額当選、巻き込まれ、流され続ける女が出合う災厄と恐怖とは。”
 

秋めいてくると少しくらい夜更かししてでも小説の世界に浸りたい、ということでいくつか読んだりもしてみたけれどいまいちフィットせず、そんなときこそ佐藤正午さんを読むタイミングだと思い、「身の上話」を手に取りました。
出張で来ていた不倫相手が家に帰るタイミングでフラッとついていったまま逃避行を始めたようなかたちになってしまう女性、その直前に同僚に頼まれて買った宝くじがまさか一等の二億円当選、そこから欺瞞に満ちた日々を色付ける人間関係のもつれ、突発的に起きてしまう殺人、作為的に遂行される死体遺棄、誰がどこまで何を知っているのか?大金が狂わせた現実と流され翻弄され続けた女性の話を、彼女の夫である男性の独白形式で淡々と進んでいきます。
佐藤正午さんの小説の題材はいたってシンプル。奇を衒う登場人物やフレーズで惹き付けようとなどとは一切しません。無駄な小難しさやおしゃれさなんかも皆無。ごくプレーン。だから“宝くじが高額当選したら人生狂った”という常套句のようなあらすじもどう形を変えて差し出されるのか、ゆっくり読み進めよう〜などと悠長なことを言っていられたのも束の間、一日で読み終えてしまいました。久々に見たAM 2:30という表示。興奮冷めやらぬままのエントリです。

本屋さんに行けば小説という類はたくさん並んでいて、その中の一部に「身の上話」も当然含まれているわけなんですが、佐藤正午さんの本を読むたびいつも感じるのは「これは小説の域を越えている」ということ。いや、定義としては同じなんだけれど、巧妙すぎるプロット、圧倒的な文章の気品と体力、そこに繊細さがあり、尚且エンターテイメントとしての興奮を読者の中から湧き上がらせてくれる。植え付けるんじゃないんです。ふつふつと自分の中から湧き上がるのを感じる。何もかもがあまりにも計算されつくされていたことに読み終わったあとに気づき、言葉を失いました。
佐藤正午さんの小説は無駄がない。いっけん、無駄と思わされるような話のつなぎ方だって読み手の感情の波をコントロールしているにすぎないのです。なかなか先が見えなくてモヤモヤする気持ちも、きちんと回収してくれる。夫が妻の身の上話をしているのにどうも淡々としすぎている、という僅かな疑問も、読んでいて登場人物の誰にも感情移入が出来ないことも、最後全て解消します。ああだからこんなにもトーンが抑制されていたのか、と知ったあと、今まで誰にも感情移入できなかった反動で一気に語り手である夫に注がれる。そこからのラストシーンは見事、見事すぎて驚愕。体操選手がクルクルと宙で何回転もしたあとに着地のために揃えられた両足がまっすぐ地面に吸い込まれて一ミリもずれることなく、ピタッと微動だにしない着地を決めたのを見てしまった、という感覚。

今の時代の流行りとは真逆で奇抜さはなく犯罪としてはあまりにも簡易的な演出、だって第一の殺人はフライパンで殴ってる。けれども対比が美しい。幼い頃、妻の母が協会で祈りを捧げるシーンは胸にくるものがあるし、ふとした会話のなかで出てくる「犯罪者のこころに時効はないんだよね」という妻の台詞。けっこう痺れます。みんな何かを背負っていて、罪を許されたいとどこかで葛藤しながら心に秘めたまま日常を遂行している。妻・ミチルはどんどん流されていき居場所を見失っていく。販売所から一等が当たったと知って詰め寄ってくる宝くじを頼んだ同僚のおぞましさ。ミチル自身がそこまで追い込まれ萎縮してしまうほどの罪を、犯したのか?という疑問も、きちんと収束します。ただ、罪の意識がないまま人を殺していき周りを巻き込みミチルを追い詰める竹井という男に対しては、こういう人は対象にする獲物を変えて同じことを繰り返すんだろうなと一種の不快感はありました。一般的なモラルがなく、罪悪感を持つ機能の欠如、自分が正しいと信じてやまないタイプ。けれどもそんな不快さを蹴り散らすようなラスト、夫の決断にミチルに対しての深い愛を感じる最高の読後感を手に入れました。

華美な粧飾、小手先の感動、薄っぺらな文章、奇特さで誘き寄せる手法、それらはここに存在しません。例えるならば、荘厳な雰囲気のなかへ心地よく迎えられて、きちんとしたお品書きを与えられ、完璧なタイミングで料理がサーブされ、目新しいメニューではないのに常識を覆すような美味しさで、ふいに鼻から抜ける香りに箸が止まってしまったり、何かを思い出したりするような懐かしさも漂わせたり、クライマックスに辿り着くまでのお腹の容量までコントロールされ、何がメインかということも明らかで、食べ終わったあとの余韻まで何もかも演出されているような、全てにおいて質の高さを感じさせられるお店のような小説。
緊張の糸が片時も緩むことがなく、けれども張り詰めすぎて切れてしまうこともなく、最後まで繋がり走り続けた、誰かにとっての日常が広がっていました。

大金を所持してしまうことによって狂わされる人間の性質、こちら側の息をするタイミングまで見計らっているような緻密に仕組まれた背筋がひんやりするミステリー、それから圧倒的な構成力。巧妙で繊細な文章からしか感じられない物語を読むことの喜びに、恍惚感で満たされました。
どんな言葉を並べても足りないくらい、素晴らしく芸術的な小説です。

 

身の上話 (光文社文庫)

 

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