「アンダーリポート/ブルー」佐藤正午

「アンダーリポート/ブルー」 佐藤正午

“単調な毎日を過ごしていた検察事務官・古堀徹のもとに突然・かつての隣人の娘・村里ちあきが現れた。彼女の父親は15年前に何者かによって殺され、死体の第一発見者だった古堀に事件のことを訊ねにきたのだ。古堀はちあきとの再会をきっかけに、この未解決の事件を調べ始める。古い記憶をひとつずつ辿るようにして、ついに行き着いた真相とは―。秘められた過去をめぐる衝撃の物語。”

先週から“ほぼ日刊イトイ新聞”で糸井重里さんと佐藤正午さんの対談「小説を書くということ」が掲載されており、それはもう興味深く毎日更新を楽しみにしていました。
第六回“書き出し”の対談の中で、糸井さんが佐藤さんの小説について私が感じていたのはそういうことなんだ!!ということをお話されていました。

「佐藤さんの書き出しは、ピントを合わせないように書いてるんでしょうか。」

ピントを合わせないとはその通りの表現で、佐藤正午さんの本を読み始めると決まって最初は煙に巻かれているような気分になるのです。「えっ、どういうこと?」と疑問を抱きながら読み進めるとだんだん視界が開けてくる。そして糸井さんの表現を借りるとまさにピントがぴったりと合う瞬間がやってくる。そのタイミングが絶妙で、他の著者からは感じられない高揚感を与えてくれるのが佐藤正午さんの小説です。

この「アンダーリポート」は15年前の事件の記憶を手繰り寄せ、繋ぎ合わせて過去を洗い出す物語。荒唐無稽だと思われた“交換殺人”が徐々に浮き彫りになっていく様が面白くて、小説が終わってしまうことの淋しさを感じました。
犯人探しのミステリーという面白さより、伏線が回収されていく構成力の高さが際立つ作品。「カルテット」が好きだった人は佐藤正午さんの小説も絶対はまると思います。

 

「彼女は私にこう語った。
世の中にはふたとおりの人間がいる。頭の良いひとと、そうでないひとと。
そうでないひとは、なるべく慎重に、用心して生きてゆかなければならない。頭の良いひとは、何かトラブルが起こっても、自分で頭を働かせ対処できる。それができないひとは、最初から慎重に、用心して、事を起こさないように、あやまちそのものを犯さないようにしなければならない。慎重に、用心して生きていれば、大きなあやまちからは逃れられる、注意してまわりを見れば、いまあなたがやろうとしているあやまちを戒めて、阻もうとする力がはたらいていることがわかる。その戒めの力は必ずはたらく。もしそれがどこにもなければ、いまあなたがやろうとしていることは、あやまちではない。」(第6章 村里悦子 より)

ある女性の人生観の一部分なのですが、私は深く頷きました。
実際、まわりにいる“頭の良いひと”は、本当にトラブルを解決する力を持っているし、むしろそのトラブルを楽しんでいるかのように見えることさえある。「どうやって対処してやろうか…ふふふ」みたいに。
私は残念ながら“そうでないひと”の部類に属しているので、慎重に用心してトラブルが起きないように、そっと生きています。それが性に合うし、何かが起きてからだと頭が回らないこともわかっているので。“頭の良いひと”の生き方は本当に羨ましいし、出来ればそうなりたかったのだけど、実際そうなろうとすることのほうが自分へのストレスになるので、やはりここは用心深く、マイペースを保てる場所で、慎重にいるべきだと思っています。
この人生観の前半は彼女の母親の口癖、後半は中学のシスターの持論に基づいているとのことで、この話を聞いた“頭の良いひと”は「宗教家にでもなればいい」とにべもなかった、という部分でちょっと笑ってしまいました。世の中には同意を得られないこともたくさんあるのだと。

 

普段の生活の中で波風が立つことを極端に恐れる私にとって、手の平のなかにおさまる世界で、私を攻撃してくることもなく、誰も傷つかない架空の世界での波乱万丈万歳!これぞ最高の娯楽!といったところです。
あらすじだけを追うような文章は斜め読みしてしまうけれど、佐藤正午さんの小説はそれが絶対に出来ません。いつのまにか何かがすり替わっていたり、急に結論がきたりすることがあるから。動揺する自分を楽しめる、そんな小説。

アンダーリポートは最後まで読み切ったらかならず第一章に戻り、読み直すはず。結論はわかっているはずなのに、どうしても読み返してしまうのです。
事件が時効になるまで何事もなかったかのように生活していた犯人は誰なのか。時に自分の推測を疑いながら、物語に踊らされていく。小説を読むという醍醐味がたくさん詰まっています。

月の満ち欠け」「ジャンプ」「アンダーリポート/ブルー」と読破してきたので、次はいよいよ「ハトゲキ」を読まなくちゃ。

 

ほぼ日刊イトイ新聞 「小説を書くということ」 佐藤正午×糸井重里 対談
 

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