「さすらう者たち」イーユン・リー

「さすらう者たち」 イーユン・リー

“文化大革命後の中国。一人の若い女性が政治犯として処刑された。物語は、この事件に否応なく巻き込まれた市井(しせい)の人々の迷いや苦しみを、繊細に丹念に紡いでゆく。ごく普通の人々の嘘や欺瞞、密告などを描きながらも眼差しは優しく、庶民の心を歪めてしまった中国の歴史の闇が、説得力をもって描かれる。”

イーユン・リー
1972年北京生まれ。北京大学卒業後に渡米、アイオワ大学大学院で免疫学の修士課程を終えた後に方向転換し、同大学の創作科に入学して英語で執筆するようになる。2005年に発表した短編集『千年の祈り』で、フランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ガーディアン新人賞などを受賞。現在はカリフォルニア大学デービス校で創作を教えながら執筆を続けている。文芸誌「ア・パブリック・スペース」の寄稿編集者の一人でもある。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

 
物語は1973年3月に当時28歳の女性が反革命分子として処刑される日から始まります。実際に起きた事件を元に書かれているとは信じがたいほど、過酷な運命をもたらされてしまった女性。そこに関わる家族や、同じ街で暮らしている人々の日常、なかなか明るみには出ない苦しみがただそこにありました。
これは処刑された女性が軸となり動く話ではなく、その歴史的事実に否応無しに巻き込まれた人々の日常や心境の揺らぎが緻密に描かれています。かなりグロテスクなシーンもあるけれど淡々と読み進められてしまうのは、きっと卓越した文章力のせい。どこにも偏りがなく、圧倒的な説得力がある。
そして文章だからまだ読めるけれど、映像として想像するとかなり過酷、耐えられません。それなのに清潔であり、知的さがある。思想と言葉を持ってしまったために突き進んだ革命家たちと巻き込まれた市井の人々の嘆きが、なんともいえない余韻をもたらします。

 
「どれだけの川の氷が解け、どれだけの木に花が咲けば、季節を春と呼べるのだろう。でも川や花にとっては呼び方などきっとどうでもいいことで、そ知らぬ顔で忠実に時の周期を繰り返している。」(第一部より)

娘・珊(シャン)の処刑が遂行される朝の父・顧師の心情。凄まじい悲しみとやりきれない思いがこれほどまでに伝わる文章があるだろうか、と一ページめで手が止まってしまいました。ああ、この人が書く文章が絶対に好きだと確信した部分。

春は、だいたいが希望に置き換えられてしまう季節。世界中誰しもがそうではないということを痛感させられる、哀しい文章。そして美しく、正しい。春が来るたびに、私はきっと思い出します。今の自分がどういう状況であれ、きちんと地に足がついているか、確認するために。

イーユン・リーの文章は聡明で先天的な高貴さがあり、涼やか。文章から著者の凛としたイメージが湧き上がり、もっと自分の中に取り入れたいと感じました。あと訳された篠森ゆりこさんという方も言葉のチョイスが素晴らしく、ドキッとさせられる部分がいくつもありました。
読後の霧が晴れたような、なんともいえない澄んだ感覚はうまく言葉に出来ません。この本を知ることが出来て良かった。そこまで思い入れられる作者はなかなか出会えないので、もっと読み深めていこうと思います。
 
 
※し‐せい【市井】・・・《古く、中国で、井戸のある所に人が多く集まり、市が立ったところから》人が多く集まり住む所。まち。ちまた。
 

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