「ジャンプ」佐藤正午

「ジャンプ」 佐藤正午

“その夜、「僕」は、奇妙な名前の強烈なカクテルを飲んだ。ガールフレンドの南雲みはるは、酩酊した「僕」を自分のアパートに残したまま、明日の朝食のリンゴを買いに出かけた。「五分で戻ってくるわ」と笑顔を見せて。しかし、彼女はそのまま姿を消してしまった。「僕」は、わずかな手がかりを元に行方を探し始めた。失踪をテーマに現代女性の「意志」を描き、絶賛を呼んだ傑作!”

直木賞受賞作「月の満ち欠け」を読み、佐藤正午さんの本をもっと読まなくては、と手を伸ばした二冊目。
ついさっきまで一緒にいたはずの彼女が「コンビニに行ってくる」と言い、出ていったままずっと戻ってこない。あらゆる方法を使って足取りを辿るものの一向につかめない。主人公の「僕」の優柔不断さもあいまってなかなか前に進まないな〜というのが前半の印象です。これどう終わるの〜と不安にさせたまま進み、そして独特の含ませるような文体が急激にきらめきだす終盤。最終章、五年後にふいに再会するところからラストまでの走り方。
“同級生に偶然会ったかのような”彼女の不自然さ、なかなか本心を話そうとしないまどろっこしさに「僕」にかわって非常にイライラしてしまうんですが、現実に起きていたことを知り、一気にパズルが繋がって何もかもが真実味を帯びた瞬間、その彼女にたいしてのイライラがフッと消えていく。その苛立ちの矛先が別の登場人物に変わるわけでもなく、モヤモヤが分裂して溶けていく気がしました。そして読み終わったあと、こちらの感情が小説にコントロールされていることに気づき、「やられたな〜」と笑ってしまいました。面白いくらいに感情が物語によって揺らいでしまったから。

「月の満ち欠け」を読んだときにも感じたことですが、構成全体で物語が進んでいる感覚があります。ものすごく心に残る一文があるわけでもなく、奇抜な演出があるわけでもないのに、ストーリー全体がものすごい勢いで後ろから追ってくる。どんでん返し系にありがちな、あっけなく虚しくなるような読後感もゼロです。むしろ色々考えてしまう。自分の周りからいつのまにか遠ざかってしまった人たちのストーリーは一体どうなっていたんだろう。こちらが知らないだけで、追わなかったために本当は別の理由があったんじゃないか、なんてことを自分自身に置き換えてつい考えたりもしてしまいます。
自分の人生は自分で選び取っていると思っているのは自分だけで、もしかしたら誰かが操作した結果なのかもしれない、なんてこともあるのかな。
けれど、事実を知ったあと、何か次の不穏さを一切予告しない主人公の意志で終わっていたのもあり、わりと清々しい印象でした。

印象的な文章やストーリー展開は、いくらでも小説を奇抜に着飾ることが出来る。けれどごくシンプルなモチーフと限られた時間軸でここまで読み手を魅了し、他人の物語を共有する小説はなかなか巡り会えない気がします。派手さはありませんがそれ故にリアルで、小説を読むって面白いことなんだよなと改めて感じました。

削ぎ落とされた小説が読みたい人へ、とてもおすすめの一冊です。

 
 

ジャンプ (光文社文庫)

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